いもがら閑話13
南九州は農林水産業において基本的に成り立っている地域である。それ故自然の猛威から発生する災害は住民に大きなダメージを与える点においては、他の地域と比較しても、決して例外ではないと思う。
ただ、温暖な気候は人々の性格や考え方に影響を与えているのか、大方の住民は順応という形で生活を維持しているように思う。経済的な面からみれば、南九州の各県は最下位の付近に並んでいる。地方の中の地方の故ということであろうか。
しかし、昔自分が東京や大阪に住んでいたころの生活と比較すると、欲を張らなければ、かえって住みやすいのではないかと思う。大昔人々は物と物の交換で生活物資を得たと言うが、そこまで極端ではないにしても田舎では人と人の交流のなかである程度の生活の糧を得ることができる。
都会ではお金が交流の間に介在することで社会を成り立たせるようになっている。food stockを得ようと思えば、店で購入するというのが通常である。もし、物資が不足すると当然価格は上昇する。品質が落ちても食糧であれば、値が張っても必ず確保しなければならない。こうして、都会では物価に生活が直接ダメージを受けるようになる。
大阪に住んでいるころ、riceが極端に不作で、東南アジアからriceを緊急輸入して販売していた時があった。取引業者の買占めが絡んでいたようでもあるが、大阪ではdomestic riceの値段は極端に高騰し、輸入米を買う以外には米を確保することができなかった。輸入米の値段は通常のdomestic riceより高かったことを覚えているが、日本人の口にはとても馴染めない代物であった。
その頃のことをこちらに移り住んだ後、何かの機会に話したことがあるが、だれも信じられないという反応をした。riceの不足は全国的なものであったが、田舎では国産米をその時期にも確保出来て食べていたということである。
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